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[Ｔさん]
のん☆彡
父親が四肢麻痺になったわたしのために考えてくれたこと。それは、視覚障害者のための点字図書館から音訳図書を借りると云うものだった。わたしは四肢麻痺でページをめくれない。普通の本は読めない。それで、ボランティアが一般書籍を声に出して、音訳した、音訳図書を借りようと云うのだ。
音訳は文字どおり、「音訳」。朗読ではない。感情は込めず、あくまで情報のみをたんたんと正確に訳す。ボランティアの無味乾燥な音訳。味気なく思ったのははじめだけで、すぐに邪魔くさくないのを好ましく思うようになった。無駄なところがないから、速度を早くしても耐えられる。わたしは今では、＋８に早くして聴いている。情報量のわりに時間は短縮できるし、介助者はまず聴き取れないからプライバシーも守れるし、気に入っている。
父親はわたしを点字図書館に連れて行き、頼んでくれた。それ以来、わたしは点字図書館の厚意に甘えて、音訳図書を借りている。ひとり暮らしをはじめてからは、毎週月曜日の発達障害での通院のたびに、わたしは点字図書館へと赴き、音訳図書を借りてくる。
図書のリクエストは、ネットでできる。わたしのリクエストは全国の図書館に伝えられ、全国の図書館から北九州の点字図書館に図書が届けられる。点字図書館に取り置かれている図書を借りに行くと云う仕組みだ。
ところが、パソコンが不調で、自力ではネットができない日々が続いた。当然、リクエストできない。わたしは困ってしまった。
そこで、点字図書館に電話して、北九州の点字図書館にある図書の中から、司書に適当な作品をピックアップしてもらうことにしたのだ。
これが、「当たり」だった。司書は本のスペシャリストだ。加えて、わたしの読書傾向も熟知して呉れている。選んでくる本はポイントを押さえつつも、自分で選ぶものとはラインナップも違って、新鮮なものばかりだ。しかも、文句なく面白い。すっかり気に入ってしまった。
それなのに。わたしは気づいた。それをはじめて、３週目のことだった。「わたし、自分で借りに行くようになってからでさえ２年は経つと云うのに、こんなに面白い本を選んで呉れる司書のお姉さんの名前も知らない！」 大変な失策に思われた。「来週、行ったら、お姉さんの名前をぜひ訊いてみよう！」 わたしは心に誓った。
しかし、次週、わたしが点字図書館に行った折には、タイミング悪く、件の司書のお姉さんの姿は見当たらなかった。がっかりして帰りかけていると、お姉さんが後ろから追い掛けてきた。
「のん☆彡さん、Ｔです。」
名乗って呉れたのがうれしすぎて、弾んだ声を出す。
「ああ、Ｔさんと仰られるんですね。」
「はい、Ｔです。のん☆彡さん、うちの目録をお持ちではなかったですか？」
「いいえ、持っていません。」
「あ、なら、あげときましょうね。見れば、好きなのをリクエストできるから、」
Ｔさんは親切にも分厚い目録を３冊も呉れ、わたしはちょっと困ったことになったぞと思う。分厚い目録を３冊も持っていれば、「Ｔさんおまかせセレクション」リクエストをするわけにもいかないからだ。
こうして、わたしと点字図書館司書のＴさんとの蜜月は、呆気なく終わりを迎えたのだった。
２０１２．０１．２２．
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